ボランティアの一言が陣営を揺らします
告示まで2週間を切ったある陣営で、こんなことがありました。事務所の受付を手伝っていた大学生ボランティアが、街頭演説の様子をスマートフォンで撮影し、自分のSNSアカウントに「〇〇候補が当選したら、この地域の再開発は絶対に白紙になります」と投稿しました。本人は候補者を応援したい一心で、演説中の発言を自分なりに要約したつもりでした。ところが実際の演説では「再開発計画については地域の声を丁寧に聞きながら検討する」としか語っておらず、断定的な表現はどこにもありませんでした。投稿は数百件リポストされ、翌朝には対立陣営の支持者から「言った言わないの水掛け論を仕掛けるつもりか」という指摘がつき、候補者本人が釈明に追われる事態になりました。
候補者が自分のSNSで何を発信するかについては、すでに多くのガイドや注意喚起が出回っています。しかし実際の炎上の火種は、候補者本人の投稿よりも、こうした支援者やボランティアスタッフの個人アカウントから生まれることが少なくありません。陣営としてコントロールしにくい部分だからこそ、あらかじめルールを整備しておく価値があります。
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なぜ個人アカウントが陣営全体のリスクになるのでしょうか
スタッフやボランティアは陣営の公式な発信担当ではありません。しかし外から見れば「陣営の関係者」として扱われ、その発言は候補者の意向を代弁しているかのように受け取られてしまいます。特に選挙戦の終盤は情報が飛び交いやすく、悪意がなくても発言の切り取りや誤読が起こりやすい環境になります。
厄介なのは、こうした投稿は候補者本人や選対本部が事前にチェックできないという点です。候補者のアカウントであれば投稿前に確認する仕組みを作れますが、支援者一人ひとりの個人アカウントまで管理下に置くことは現実的に不可能に近いです。だからこそ「禁止する」のではなく「協力してもらう際の共通認識を作る」という発想でガイドラインを設計する必要があります。事後対応ではなく、事前の合意形成が炎上予防の中心になります。
善意の誇張と、備えが分けた明暗
ある陣営では、後援会の中心的なメンバーである年配の支援者が、候補者の地元での実績を紹介する投稿をしたことがあります。「〇〇候補は市議会議員時代、単独で予算を3億円増やした」という内容でしたが、実際にはこの予算は複数の議員による共同提案の一つであり、候補者個人の手柄と言い切れるものではありませんでした。投稿者は候補者への敬意からつい数字を強調してしまったのですが、対立陣営の支持者がすぐに議事録の該当箇所を引用して事実誤認を指摘し、陣営は急遽訂正コメントを出す羽目になりました。担当者は深夜まで対応に追われ、翌日の街頭演説でも冒頭でこの件に触れざるを得なくなったとのことでした。悪意のない誇張ほど、後から取り消しにくいことを物語る出来事でした。
一方で、ガイドラインの共有が功を奏した例もあります。ある陣営では告示前の説明会で「対立候補への言及は事実に基づく政策論争に限り、人格攻撃や揶揄と取れる表現は避ける」という項目を繰り返し伝えていました。選挙戦の終盤、支援者の一人が対立候補の過去の失言をまとめた投稿を用意しましたが、投稿前に選対事務局へ確認を入れたところ、担当者から「一部の言い回しが揶揄に近い」と指摘され、文言を修正してから投稿しました。結果として政策批判の範囲に収まり、炎上には至りませんでした。この支援者は後日「投稿前に確認する習慣がなければ、そのまま出していたと思う」と振り返っています。ガイドラインは作って配るだけでなく、実際に使われて初めて意味を持つという好例と言えます。
年齢確認――18歳未満のスタッフへの対応
選挙の現場には、学生ボランティアや後援会関係者の子どもなど、若いスタッフが加わることがよくあります。ここで見落としがちなのが年齢の問題です。公職選挙法137条の2により、18歳未満の者による選挙運動は一切禁止されています。同法239条ではこれに違反した場合の罰則も定められており、「知らなかった」では済まされません。
選挙運動には、候補者への投票を呼びかける投稿だけでなく、演説会の告知を拡散する行為や、当選を目的とした特定候補への支持表明も含まれると解されています。つまり、SNSでのシェアやリポストであっても、それが選挙運動に該当すれば18歳未満のスタッフには依頼できません。陣営としては、ボランティアの受付段階で年齢を確認するフローを設け、18歳未満と分かったスタッフには投稿や拡散を依頼しない、あるいは選挙運動に該当しない裏方作業(会場設営や資料の整理など)に限定して担当してもらう、という線引きを明確にしておくべきです。この点は口頭の申し合わせだけでなく、ガイドラインの文書に明記しておくと現場での判断がぶれにくくなります。
なりすましと、善意の誇張という落とし穴
公職選挙法235条の5は、いわゆる「なりすまし」行為を処罰の対象としています。候補者本人になりすましたアカウントを作る行為はもちろん論外ですが、実際に多いのは「候補者の代わりに」という善意の延長線上で起きる問題です。たとえば支援者が候補者の写真や肩書きを使い、候補者本人が発言していないコメントを添えて投稿するようなケースは、意図せずこの規定に触れる可能性があります。
もう一つ注意したいのが235条2項の虚偽事項公表罪です。候補者の経歴や実績について、支援者が応援したい気持ちから話を盛って発信してしまうことがあります。「〇〇候補は現役時代に地域の予算を倍増させた」といった具体的な数字を含む発言は、事実確認が取れていない限り拡散を控えるよう伝えておきたいところです。悪意のない誇張ほど、本人が気づかないうちに広まってしまうという厄介さがあります。ガイドラインには「候補者の経歴・実績・政策に関する具体的な数字や断定的な表現は、必ず陣営が用意した公式資料の文言をそのまま使う」という一文を入れておくと、支援者側も判断に迷わずに済みます。
ガイドラインに盛り込むべき投稿前確認フロー
とはいえ、支援者やボランティアの投稿を一件ずつ陣営が検閲するのは非現実的です。大切なのは「迷ったときにどうするか」の道筋を先に決めておくことです。実務的には、次のような段階分けが機能しやすくなります。
- 事務連絡や活動報告など内容が定型的なもの――事前確認は不要とし、自由に発信してもらう
- 候補者の政策や発言内容に関するもの――投稿前に選対事務局の担当者へ一言確認を入れる
- 対立候補や他党に関するコメントを含むもの――投稿を避け、公式アカウントからの発信に一本化する
この三段階を紙一枚にまとめてボランティア受付時に配布するだけでも、現場の混乱はかなり減ります。確認の連絡先はLINEの公式アカウントやグループチャットなど、返信のハードルが低い手段を用意しておくと実際に機能しやすくなります。逆に「メールで事務局まで」といった重い手続きにしてしまうと、結局誰も確認せずに投稿してしまうというのが現場でよく見る失敗パターンです。
三段階の判断基準に加えて、文書として配布するガイドラインそのものにも、最低限次のような項目を盛り込んでおきたいところです。箇条書きにして手元で見返せる形にしておくと、迷ったときに開いて確認するというハードルの低い使い方ができます。
- 候補者や陣営になりすます行為、候補者本人の発言として断定的に紹介する行為の禁止
- 候補者の経歴・実績・政策に関する数字や固有名詞は、陣営が用意した公式資料の文言をそのまま使うこと
- 18歳未満のスタッフには選挙運動に該当する投稿・拡散を依頼しないこと、依頼できる作業の具体例
- 対立候補や他党への言及は政策論争にとどめ、人格・私生活への言及や揶揄的な表現を避けること
- 未確認のうわさや又聞き情報は、真偽が確認できるまで拡散しないこと
- 投票依頼をメールや個別メッセージの転送で行わないこと(SNSでのリポスト・シェアに限定)
- 投稿に第三者が映り込んだ場合の取り扱い(顔のぼかし・許可の確認など)
- 迷った場合の相談先(担当者名・連絡手段)と、返信までの目安時間
この一覧を一枚の紙にまとめ、ボランティア受付時に配布します。全項目を暗記してもらう必要はなく、「迷ったらこの紙を見る」という状態を作ることが目的です。
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政策について断定的に発言しないというルール
冒頭のエピソードのように、支援者が候補者の政策を「自分の言葉で分かりやすく」伝えようとした結果、断定的な表現になってしまうことは非常に多いです。悪気はなく、むしろ熱意の表れであることがほとんどです。しかし候補者本人が言っていないことを支援者が言い切ってしまうと、後から訂正が難しくなります。
ガイドラインには「候補者の政策について、候補者本人や選対本部から正式に確認を取っていない内容を断定的に発信しない」という項目を必ず入れておきたいところです。あわせて、政策を紹介したい支援者向けに、候補者側が用意した「使ってよい説明文言集」を配布しておくのも有効です。支援者は自分の言葉で語りたいという気持ちを持っているものですが、少なくとも数字や公約の細部については公式文言をベースにしてもらうよう促すことで、後々の食い違いを防げます。
対立候補批判のトーンに関する注意
選挙戦が熱を帯びてくると、支援者の中には対立候補への批判的な投稿をしたくなる人も出てきます。応援したい気持ちが強いほど、相手陣営への言及もヒートアップしがちです。しかし対立候補への批判は、内容の正当性以前に「トーン」の問題で炎上することが圧倒的に多いです。事実に基づいた政策論争であっても、揶揄や人格攻撃と受け取られる書き方をしてしまえば、批判の矛先は投稿した支援者ではなく、応援している候補者本人に向かいます。
この点についてガイドラインで示しておきたいのは「政策の違いを説明することは構わないが、相手候補の人格や私生活に触れる表現、揶揄・侮蔑と取られかねない言い回しは避ける」という基本姿勢です。加えて、対立候補に関する未確認の情報やうわさ話については、真偽が分からない限り拡散しないよう伝えておきます。支援者としては「相手の悪い噂を広めることが応援になる」と思い込んでしまうことがありますが、多くの場合それは逆効果になる、ということを陣営側からきちんと伝えておく価値があります。
拡散依頼をする際に気をつけたいこと
陣営側からボランティアに投稿・拡散を依頼する場面もあります。ここで押さえておきたいのが、インターネットを使った選挙運動の手段による違いです。ウェブサイトやSNS、そしてLINEなどのメッセージアプリでのやり取りは「ウェブサイト等を利用する方法」に分類されるため、有権者であれば誰でも自由に選挙運動として利用することができます。一方で、キャリアメールやGmailなどの「電子メールを利用する方法」による投票依頼は、候補者や政党等に限定されており、一般の有権者やボランティアが電子メールで投票を呼びかけることは認められていません。
つまり、支援者に「このSNS投稿をシェアしてください」「LINEで友人に共有してください」と依頼すること自体は問題ありませんが、「このメールを友人に転送して投票を呼びかけてください」という依頼の仕方をしてしまうと法に触れるおそれがあります。拡散をお願いする際は、キャリアメールやGmailなど電子メールでの転送依頼は避け、SNSのリポスト・シェアやLINEなどメッセージアプリでの共有を使ってもらうよう、依頼文の段階で明記しておくとよいでしょう。ただし、LINE等での個別送信も無差別に多数へ送るとスパムや炎上のリスクにつながるため、「知人・友人への自然な共有にとどめる」といった運用ルールも併せて伝えておくと安心です。ちょっとした表現の違いに見えますが、ここは陣営側が正しく理解しておかないと、善意のボランティアを法的リスクにさらしてしまうことになります。
炎上発生時のエスカレーション体制をつくります
どれだけ丁寧にガイドラインを作っても、炎上の芽を完全にゼロにすることはできません。だからこそ「起きた後どう動くか」を事前に決めておくことが同じくらい重要になります。よくある失敗は、問題が起きてから「誰が対応するか」を話し合い始めてしまうことです。その数時間の遅れが、炎上を収束させるか拡大させるかの分かれ目になります。
実務的には、次のような役割分担をあらかじめ書面化しておくことを勧めます。
- 問題のある投稿を見つけたスタッフは、まず選対事務局の連絡窓口(担当者を一人か二人に限定)へ即時報告する
- 報告を受けた窓口担当者は、内容の事実確認を行い、候補者本人または選対責任者へ報告する
- 対外的な説明や訂正が必要かどうかは、候補者本人と選対責任者のみが判断し、現場のスタッフ個人が独断で謝罪や訂正の投稿をしない
- 投稿の削除を本人に依頼する場合も、責任者の了承を得たうえで、感情的な指示にならないよう注意する
一次窓口をあいまいにしたままだと、いざという時に連絡が分散してしまい対応が遅れます。実務的には、SNS全体の一次窓口を1名(広報担当や事務局長など)に絞り、不在時に備えて副担当をもう1名決めておくのが現実的です。あわせて、投稿されているプラットフォームによって拡散のスピードや性質が異なる点も踏まえておきたいところです。
- X(旧Twitter)――拡散が最も速く、数十分で広がることもある。一次窓口への報告は電話またはチャットで即時に行い、スクリーンショットを添えて共有する
- Instagram・Facebook――拡散のスピードはやや緩やかだが、友人・知人のネットワークに残りやすい。投稿者本人に直接連絡が取れる場合は、まず本人へ状況を伝えたうえで対応を検討する
- LINE――陣営内のグループチャットで情報が共有される一方、外部に転送・スクリーンショットされるリスクもあるため、対応方針が固まるまでは詳細を書き込みすぎない
このエスカレーションのルートは、名前と連絡先を明記した一枚の紙にして事務所に掲示しておくくらいがちょうどよいでしょう。夜間や早朝に問題が発覚することも多いため、連絡先は複数の手段(電話番号とチャットツールの両方など)を用意しておくと安心です。誰が最終的な判断者かを決めておくことで、現場の混乱時にも指示系統が一本化され、対応のスピードが上がります。
2026年の法改正が示す方向性
2026年7月13日、公職選挙法および情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)の改正が成立しました。施行は2027年3月1日で、2027年春に予定されている統一地方選挙から本格的に適用される見通しです。詳細な運用ルールは今後のガイドライン整備を待つ部分もありますが、方向性としてはインターネット上の誹謗中傷や虚偽情報への対応がこれまで以上に厳格になっていくと見てよいでしょう。
陣営としては、この改正の細部を今から追いかけるよりも、まず足元の運用体制を整えておくことが実務的には効いてきます。支援者やボランティアの個人アカウントでの発信をどう位置づけるか、投稿前の確認フローや炎上時のエスカレーション体制をどう設計するかは、法改正の有無にかかわらず今すぐ着手できる対策です。むしろ法規制が厳格化する流れの中では、陣営内部での自主的なルール整備が、対外的な信頼にもつながっていきます。
ガイドラインは配って終わりにしません
ここまで挙げてきた項目を文書にまとめても、配布しただけでは現場に浸透しません。告示前のボランティア説明会で必ず口頭でも説明し、疑問点をその場で質問してもらう時間を作ることが大切です。特に学生や、選挙の現場が初めてのボランティアには「これくらいなら大丈夫だろう」という感覚のズレが生まれやすいです。図解や具体例を交えた1ページ程度の簡潔な資料にしておくと、実際に読んでもらいやすくなります。
また、選挙戦の中盤で一度、ガイドラインの内容を振り返る機会を設けるのもおすすめです。序盤の説明会で聞いた内容は、忙しさの中で忘れられがちになります。事務所内に掲示物として貼っておく、朝のミーティングで簡単に触れる、といった地道な積み重ねが、結果的に炎上の芽を摘むことにつながります。
説明会や勉強会を重ねることで生まれる効果
説明会や勉強会は、ルールを伝える場としてだけでなく、思わぬ副次効果を生むことがあります。実際に運用している陣営の声を聞くと、「ルールを知っているスタッフが増えると、お互いに指摘し合える空気ができる」という話をよく聞きます。担当者から一方的に注意されるのではなく、隣で活動している仲間から「その言い方はちょっと危ないかも」と声をかけられる方が、受け入れやすいということもあるようです。
また、説明会の場で実際にあった炎上事例(他陣営のものを含む)を紹介すると、参加者の反応が明らかに変わります。抽象的な注意事項として聞くよりも、「実際にこういうことが起きた」という具体的な話の方が記憶に残りやすく、いざ自分が同じような場面に直面したときに立ち止まって考えるきっかけになります。冒頭で紹介した大学生ボランティアの投稿も、後日別の陣営の説明会で事例として共有されたことで、参加していたスタッフから「自分も似たようなことをしそうだった」という感想が複数寄せられたということです。
説明会は一度開いて終わりにするのではなく、選挙戦の中盤にもう一度短時間でよいので振り返りの場を設けたいところです。序盤に聞いた内容は、告示後の忙しさの中でどうしても薄れていきます。5分程度の朝礼で「ここまでにあった相談事例」を共有するだけでも、ルールが形骸化するのを防ぐ効果があります。
政治家向けSNS戦略マニュアル
まとめ
陣営の炎上は、候補者本人の発言よりも支援者やボランティアの個人アカウントから生まれることが多いです。18歳未満のスタッフへの依頼禁止、政策について断定的に発言しないルール、対立候補批判のトーンへの配慮、そしてメールでの投票依頼を避けるといった具体的な線引きをガイドラインに盛り込み、炎上発生時の連絡・判断ルートをあらかじめ決めておくことが、陣営全体を守る備えになります。
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