なりすまし投稿をされた候補者はどうする?公選法のなりすまし罪と実務対応

投票日を三日後に控えた深夜、陣営の若手スタッフのスマホにLINEが届きます。「候補者本人のアカウントが、対立候補を名指しで批判する投稿をしています」。慌てて確認すると、プロフィール写真も名前も候補者本人とほぼ同じ、しかしIDの末尾が一文字だけ違うアカウントでした。投稿はすでに数百件リポストされ、翌朝には支援者からの問い合わせが殺到している――こうした「なりすまし」トラブルは、SNSが選挙戦の主戦場になった今、決して珍しい話ではありません。

本記事では、候補者や陣営がなりすまし投稿・なりすましアカウントに遭遇した際に、法律上どう位置づけられるのか、そして実務としてどう動くべきかを整理します。2026年7月に成立した公職選挙法・情プラ法の改正内容も踏まえて解説します。


目次

なりすまし投稿の法的な位置づけ

まず押さえておきたいのは、「候補者になりすまして発信する行為」自体は、今回の法改正で新しく禁止されたわけではないという点です。公職選挙法にはすでに、なりすましを処罰する規定が存在していました。今回の改正は、その規定がSNS上の発信にもきちんと当てはまることを明確にしたものです。順に見ていきましょう。

公職選挙法235条の5「なりすまし罪」とは

公職選挙法235条の5には、選挙に関して、公職の候補者になりすましたり、他人を当選させる目的で候補者の氏名などを偽って表示したりする行為等を処罰する、いわゆる「なりすまし罪」の規定があります。これは以前から存在する条文で、候補者本人の氏名や肩書きを騙って発信する行為が選挙の公正を害するものとして、もともと想定されていたわけです。

ポイントは、この規定が紙のビラや街頭演説だけを想定したものではなく、条文の建前上はどの発信手段であっても対象になり得るということです。ただ、実際の運用や取り締まりの現場では、SNSという媒体特有の拡散スピードや匿名性への対応が後手に回っていた面があり、そこを今回の改正が整理した、という流れになります。

虚偽事項公表罪との違い

もう一つ関係してくるのが、公職選挙法235条2項の「虚偽事項の公表罪」です。これは候補者の当選や落選を目的として、経歴や所属、政策などについて虚偽の事実を公表する行為を処罰する規定です。なりすまし罪は「誰が発信したか」を偽る行為に着目するのに対し、虚偽事項公表罪は「発信の内容」に虚偽が含まれることに着目する、という違いがあります。

実際のなりすまし投稿は、多くの場合「候補者本人を名乗る」なりすましと「内容が虚偽」であることの両方が同時に成立します。そのため、被害を受けた側としては、どちらの条文に当てはまるかを厳密に切り分ける必要は必ずしもなく、まずは「なりすまし・虚偽の可能性がある投稿として記録し、相談する」という姿勢で十分です。細かな適用条文の判断は、最終的には警察や検察、弁護士が行うものだからです。


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2026年の法改正で明確になったこと

2026年7月13日、改正公職選挙法と改正情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)が成立しました。施行は2027年3月1日で、2027年春の統一地方選挙から適用される見込みです。この改正の背景と内容を整理します。

SNS上の発信にも適用されることの明確化

今回の改正で重要なのは、既存のなりすまし罪(235条の5)や虚偽事項の公表罪(235条2項)が、SNS上の発信に対してもそのまま適用されることが明確化された、という点です。繰り返しになりますが、新しい罰則が創設されたわけではありません。もともとあった規定の適用範囲について、SNSという舞台でも同様に機能することが法律上はっきりした、という理解が正確です。

この明確化の契機になったのが、2024年11月の兵庫県知事選、そして2024年の東京都知事選です。いずれの選挙でも、SNS上でのデマや誹謗中傷、候補者になりすました発信が問題視され、選挙後もその影響について議論が続きました。こうした事案の積み重ねが、SNS特有の発信環境に対応した法整備の必要性を後押しした、という経緯があります。

生成AI画像・動画の表示義務との関連

2027年3月の改正法施行後は、実写と誤認されるおそれのある生成AI画像・動画について、投稿者にAI生成である旨の表示義務が新設されます。これは直接的にはなりすまし罪の条文とは別の制度ですが、候補者の顔や声を模した生成AIコンテンツがなりすまし発信の手段として使われるケースを想定すると、実務上は密接に関わってくる話です。候補者の映像や音声を使った偽動画が出回った場合、なりすまし罪や虚偽事項公表罪の観点からの対応と、AI生成表示義務違反の観点からの対応を、あわせて検討する必要が出てくるでしょう。

なお、こうした改正内容の具体的な運用の線引きやガイドラインの詳細については、2026年7月現在、総務省の発表待ちの部分が多く残っています。「どこまでが処罰対象になるのか」「表示義務の具体的な方法はどうなるのか」といった細部は、今後公表されるガイドラインを確認する必要があります。

また、これとは別枠で先行して動いている制度として、2025年4月に情プラ法の一部が施行され、大規模なプラットフォーム事業者は、削除申出を受けてから原則1週間以内に判断し、申出者に通知する義務を負っています。これは今回のなりすまし罪明確化とは別の制度ですが、削除対応のスピード感を考えるうえでは知っておくとよい前提知識です。


なりすましを発見したときに最初にすべきこと

法律の話はここまでにして、実務としてどう動くかを見ていきます。なりすましアカウントや投稿を見つけた瞬間、多くの人はまず「削除してほしい」「今すぐ反論したい」という気持ちが先に立ちます。しかし、最初にやるべきことは削除依頼でも反論でもありません。証拠を残すことです。

証拠を残す手順

なりすましアカウントは、通報が入ったことに気づくと投稿を削除したり、アカウント自体を非公開・削除したりすることがあります。証拠を残す前に消えてしまうと、後から選管や警察に相談する際に「実際にどんな投稿があったか」を示せなくなってしまいます。次の手順で、気づいた時点でできるだけ早く記録を残しましょう。

1. 問題の投稿とアカウントページ全体をスクリーンショットで保存する(投稿本文、日時表示、アカウント名・ID、プロフィール画像、フォロワー数などが分かる状態で)
2. 投稿のURL(パーマリンク)をコピーしてメモしておく
3. 投稿・アカウントを見つけた日時と、投稿自体の投稿日時を別途記録する
4. 可能であれば、投稿がどのように拡散されているか(リポスト数、引用コメントの内容)もあわせてスクリーンショットしておく
5. スクリーンショットのファイルは陣営内で共有できる場所(クラウドフォルダなど)に、日付がわかるファイル名でまとめて保存する

特に重要なのが2と3です。SNSの画面キャプチャだけでは、URLや正確な時刻が読み取りにくい場合があります。投稿のURLをブラウザのアドレスバーからそのままコピーする、投稿の「…」メニューから「リンクをコピー」を使うなど、確実な方法で記録してください。


SNSプラットフォームへの通報・削除申請の流れ

証拠を保存したら、次はプラットフォームへの通報です。各SNSには、なりすまし報告や虚偽情報の報告のための専用フォームが用意されています。細かな手順や項目は各社の仕様変更で変わることがあるため、通報のタイミングで最新のヘルプページを確認するのが基本ですが、おおよその流れは共通しています。

1. 対象アカウントまたは投稿のページを開き、メニューから「報告」または「通報」を選択する
2. 報告理由として「なりすまし」「偽情報」など、該当する項目を選ぶ
3. 本人であることを示す情報(公式サイト、公式に登録されている別アカウント、選管に届け出た情報など)の提示を求められる場合は準備しておく
4. 通報後に発行される受付番号や確認メールがあれば保存する
5. 一定期間内に対応がない場合は、プラットフォームの別窓口(政治関連コンテンツ専用の窓口がある場合はそちら)への再申請や、弁護士を通じた申立てを検討する

先述の通り、大規模プラットフォームは削除申出から原則1週間以内に判断・通知する義務を2025年4月から負っています。ただし、これは「1週間で必ず削除される」という意味ではなく、「1週間以内に何らかの判断と通知が行われる」という制度です。判断の結果、削除に至らないケースもあり得ます。その場合は、次章で触れる弁護士や選挙管理委員会への相談を並行して進める必要があります。

通報フォームだけでは埒が明かないと感じたとき、焦って何度も同じ通報を繰り返すよりも、証拠を整理したうえで次の相談先に切り替えるほうが、結果的には早く解決に近づくことが多いです。


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相談先はどこか 弁護士・選挙管理委員会・警察の使い分け

なりすまし被害に遭ったとき、「まず誰に相談すればいいのか」で迷う陣営は少なくありません。それぞれの相談先には役割の違いがあるので、状況に応じて使い分ける考え方を持っておくと動きやすくなります。

選挙管理委員会は、選挙運動全般に関するルールの相談窓口です。なりすまし投稿が公職選挙法上どういう扱いになりそうか、陣営としてどう対応すべきかの一般的な助言を求めることができます。ただし選管は捜査機関ではないため、「削除させる」「相手を処罰する」といった強制力のある対応はできません。まずは事実を伝えて、方向性の相談をする窓口と考えるとよいでしょう。

警察への相談は、なりすまし罪や虚偽事項公表罪への該当が疑われる、悪質性が高い、あるいは名誉毀損や誹謗中傷を伴っているなど、刑事事件として扱う余地がある場合に検討します。選挙期間中は警察も選挙違反の取り締まりに注意を払っているため、選挙違反の疑いがある行為として相談する価値があります。相談の際は、保存しておいたスクリーンショットやURL、日時の記録がそのまま資料になります。

弁護士は、削除請求や発信者情報開示請求といった民事上の手続き、刑事告発の手続きサポート、そしてプラットフォームへの法的な申立てなど、選管や警察だけでは対応しきれない部分をカバーしてくれます。悪質ななりすましで実害(信用の低下、業務妨害的な影響など)が大きいと感じる場合は、早い段階で選挙関連の対応経験がある弁護士に相談しておくと、その後の判断がぶれにくくなります。

目安としては、投稿を見つけた直後は選管への一般相談、内容が明らかに悪質・拡散性が高い場合は警察への相談を並行、実害が大きく法的措置まで見据える場合は弁護士へ、という順番で考えるとイメージしやすいはずです。もっとも、これは一般的な考え方であり、個別の事案でどこにどう相談すべきかは状況によって変わります。


陣営内の対応フロー

なりすまし対応でもう一つ重要なのが、陣営内の役割分担です。投票日直前の忙しい時期に、誰が発見して、誰が判断し、誰が発信するのかが決まっていないと、対応が後手に回ったり、逆に候補者本人が動揺してSNS上で感情的な反応をしてしまったりするリスクがあります。あらかじめ次のような役割分担を決めておくことをおすすめします。

1. 発見・一次対応担当(SNS担当スタッフ):なりすましらしき投稿を見つけたら、まず自分でスクリーンショットとURLを保存する
2. 報告:発見したらすぐに選対本部長または候補者本人以外の責任者に報告する
3. 判断:責任者が、通報・削除申請のみで済ませるか、選管・警察・弁護士への相談まで進めるかを判断する
4. 発信:候補者本人が直接SNSで反応するかどうかは、責任者と候補者が相談して決める。基本的には候補者本人が単独で即時反応するのは避け、事実確認が済んだうえで発信内容を検討する
5. 記録:対応の経緯(いつ誰が何をしたか)を陣営内の記録として残しておく

特に4番目が大切です。なりすまし投稿を見た候補者本人が、その場でスクリーンショットも取らずに「これは私ではありません」と即座に反応してしまうと、かえって騒動を大きくしてしまうことがあります。事実確認と証拠保存を済ませたうえで、落ち着いた形で公式アカウントから注意喚起を出す、という順番を徹底しておくと安心です。


支援者から「なりすましを見つけた」と連絡が来たときの初動

実際には、候補者本人や陣営スタッフより先に、支援者や一般の有権者が「おかしなアカウントを見つけました」と連絡してくることのほうが多いかもしれません。この場合の初動対応も決めておくと安心です。

まず、連絡してくれた支援者にお礼を伝えるのは当然ですが、その場で「本当になりすましかどうか」を支援者と一緒にSNS上で議論したり、支援者に削除申請や通報を任せてしまったりするのは避けたほうがよいです。理由は、証拠保存や通報の対応窓口を一本化しないと、誰が何をしたか陣営として把握できなくなり、後の相談や手続きで困ることがあるためです。

連絡を受けたら、次のように動くとスムーズです。

1. 支援者に、投稿のURLやスクリーンショットがあれば送ってもらう(なければ陣営側で確認して保存する)
2. 支援者には「陣営内で確認して対応します」と伝え、個別の反論や通報は陣営に一本化してもらう
3. 陣営内の一次対応担当に情報を引き継ぎ、通常の対応フローに乗せる
4. 対応の状況について、必要であれば支援者に簡単に経過を伝える(過度に詳細を伝える必要はない)

支援者はよかれと思って行動してくれているケースが多いので、対応を一本化する理由を丁寧に説明すれば、通常は理解してもらえます。逆に支援者側の善意の投稿や反論が、意図せず新たな火種になってしまうこともあるため、この初動の設計は意外と軽視できないポイントです。

※本記事は一般的な情報を紹介したものです。個別の事案への対応は、弁護士や選挙管理委員会に必ずご確認ください。


よくある質問

Q. なりすましアカウントが選挙期間外に作られた場合も対応できますか

公職選挙法上のなりすまし罪や虚偽事項公表罪は「選挙に関し」という要件があるため、選挙期間外の扱いは個別の状況によって判断が変わります。ただ、選挙期間外であっても名誉毀損など別の法律で対応できる可能性はあるため、時期にかかわらずまずは証拠を保存し、早めに弁護士に相談することをおすすめします。

Q. なりすましではなく、パロディ目的の明らかなファンアカウントのような場合はどうすればいいですか

プロフィールに「パロディ」「本人ではありません」といった表示があり、誰が見ても本人と誤認しないようなアカウントは、なりすまし罪の対象にはならない可能性があります。ただし、内容が虚偽の政策や発言を本人のものとして拡散させるようなものであれば、話は変わってきます。判断が難しい場合は、証拠を残したうえで選管や弁護士に相談し、対応の必要性を確認してください。

Q. 相手が誰か分からないアカウントでも削除や告発はできますか

アカウントの運営者が特定できていなくても、プラットフォームへの削除通報は可能です。刑事告発や損害賠償請求まで進める場合は、発信者情報開示請求といった手続きで運営者を特定していく流れになりますが、これは専門的な手続きになるため弁護士への相談が前提になります。

Q. 2027年3月の改正法施行前に起きたなりすましには対応してもらえませんか

今回の改正は既存の規定の適用範囲を明確にしたものであり、なりすまし罪や虚偽事項公表罪の条文自体はすでに存在しています。そのため、施行前の事案であっても、これまでと同様に選管や警察、弁護士に相談することは可能です。施行前後で対応窓口が大きく変わるわけではありませんが、詳細な運用は総務省のガイドライン待ちの部分もあるため、最新の情報を確認しながら進めてください。


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まとめ

なりすまし投稿は、選挙運動が本格化するほど発生しやすくなるトラブルの一つです。今回の法改正で罰則そのものが新設されたわけではありませんが、SNS上の発信に既存の規定がしっかり適用されることが明確になった意味は大きく、陣営としても「SNSだから仕方ない」で済ませられない時代になったと言えます。

大切なのは、発見した瞬間に慌てて反論するのではなく、まず証拠を保存し、陣営内の決まった手順に沿って通報・相談を進めることです。選管、警察、弁護士のそれぞれに役割の違いがあることを理解し、事案の悪質性や実害の大きさに応じて相談先を選んでいく。この基本を陣営内で共有しておくだけで、実際にトラブルが起きたときの初動のスピードは大きく変わります。

総務省のガイドラインなど、まだ確定していない部分も多く残っているため、今後の情報公開にも注目しておく必要があります。不安な点があれば、早めに専門家へ相談する姿勢を持っておきましょう。

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