2026年7月13日、参院本会議で改正公職選挙法と改正情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)が可決・成立しました。SNS上のデマや誹謗中傷、なりすまし投稿への対応を強化する内容で、施行は2027年3月1日、同年春の統一地方選挙から適用が始まります。候補者本人だけでなく、後援会やSNS運用を担うスタッフにとっても影響のある改正です。この記事では、現時点で分かっている範囲の事実に絞って、何がどう変わるのかを整理します。
改正の背景
今回の法改正の直接的なきっかけは、2024年11月に行われた兵庫県知事選です。SNS上で候補者や関係者に関するデマ・誹謗中傷が拡散し、収益目的で切り抜き動画を大量に投稿する政治系YouTuberの存在も社会問題として取り上げられました。選挙とは直接関係のない立場だった丸尾牧県議や、故・竹内英明元県議への攻撃的な投稿が拡散した件は、報道でも大きく扱われた記憶がある方も多いのではないでしょうか。
こうした切り抜き動画は、選挙結果そのものよりも再生数・広告収益を目的に作られているケースがあると指摘され、内容の正確性が二の次になりやすい構造そのものが問題視されました。候補者本人が反論したところで、切り抜き動画の拡散スピードには追いつけない、という構図が繰り返し起きたことも、法改正を求める声を後押しした要因のひとつです。
同様の課題は2024年の東京都知事選でも指摘されており、選挙期間中にSNS上で何が起きているのかを、既存の公職選挙法だけでは十分にカバーできていないという認識が広がっていました。もともと公職選挙法は、ビラやポスターといった紙媒体、あるいは街頭演説や電話といった手段を主に想定して作られてきた法律です。SNSのように誰でも匿名で発信でき、拡散のスピードが極めて速いメディアへの対応は、後追いになりがちだったという背景もあります。こうした流れを受けて、与野党が共同で法案を提出し、2026年7月の成立に至った、という経緯です。
そもそも情プラ法とは何か
あわせて改正された「情プラ法」(情報流通プラットフォーム対処法)は、SNSなどの大規模プラットフォーム事業者に対して、誹謗中傷や偽情報といった問題のある投稿への対応を求める法律です。今回の選挙関連の改正が初めての施行というわけではなく、2025年4月には先行部分がすでに施行されており、大規模なSNS事業者は、削除申出を受けてから原則1週間以内に判断・通知を行う義務をすでに負っています。今回の改正はこれとは別に、選挙に関わる部分を新たに手当てするものだと理解しておくとよいでしょう。
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今回の改正で成立した内容の全体像
改正の内容は、大きく4つの方向に分けられます。ひとつは有権者側への責務規定の新設、ふたつめは候補者・陣営に関わる既存罰則のSNSへの適用明確化、みっつめは生成AIコンテンツへの表示義務、よっつめはSNS事業者側への対策義務です。あわせて、一般有権者が選挙期間中にメールで投票を依頼できるようになるという緩和策も盛り込まれています。順番に見ていきます。
有権者の責務規定(142条の7)
公職選挙法に新設される142条の7では、有権者に対して「偽情報によって選挙の公正を害してはならない」という責務が明記されます。ここで注意したいのは、この条文自体に罰則が設けられているわけではないという点です。あくまで努力義務・責務としての位置づけであり、違反したら即座に処罰される、という規定ではありません。
この点は誤解されやすいところなので、陣営側からSNS上で説明する際も「罰則ができた」という表現は避け、「有権者にも公正な選挙を守る責務があることが法律に明記された」という言い方をするのが正確です。罰則を新設せず責務規定という形にとどめたのは、表現の自由との関係もあり、まずは啓発的な位置づけからスタートするという立法上の判断があったと見られます。
有権者側の視点で見ると、これは「デマだと知らずにリポストしてしまった」という行為まで直ちに処罰の対象になるわけではない、ということでもあります。ただし、選挙の公正を害してはならないという責務が法律に明記された以上、拡散する前に情報の出典を確認する、といった基本的な行動が今まで以上に求められる場面が増えていくことは想定しておいたほうがよいでしょう。
候補者・陣営に関する罰則の適用明確化
候補者・陣営に関して重要なのは、既存の「虚偽事項の公表罪」(235条2項)と「なりすまし罪」(235条の5)が、SNS上の発信にもそのまま適用されることが法律上明確になった、という点です。これは新しい罰則が作られたわけではありません。もともと存在していた規定が、SNSでの投稿・拡散行為にも及ぶことが条文上はっきりした、という整理です。
逆に言えば、これまでもSNS上の虚偽事項公表やなりすましは規制の対象外だったわけではなく、今回の改正で「対象になる」と明確化されたに過ぎません。ただ、この明確化によって、SNS上の投稿に対する取り締まりの実効性が高まることは想定されるため、陣営としては従来以上に「SNS上の発言も選挙運動の一部である」という前提で運用する必要があります。
なりすましについては、過去の選挙でも候補者本人の名前やロゴを使った偽アカウントが作られ、有権者が誤って本人の発信だと信じてしまうケースが問題視されてきました。候補者本人のアカウントであることを公式サイトやプロフィールで明示しておくこと、フォロワーに対して「本物のアカウントはこちらです」と周知しておくことは、法改正の有無にかかわらず基本的な対策として続けておくべきでしょう。
生成AI画像・動画の表示義務
今回の改正でとりわけ実務への影響が大きいと見られるのが、生成AIによる画像・動画に関する表示義務です。実写と誤認されるおそれのある生成AI画像・動画については、投稿者がAIで生成したものである旨を表示することが義務付けられます。これは2027年3月の施行後に適用される規定です。
選挙ポスターやSNS用のバナー、演説の切り抜き風の動画などで生成AIツールを使う場面は今後も増えていくと考えられますが、「実写と誤認されるおそれ」の具体的な線引きについては、2026年7月現在まだ総務省のガイドラインが確定していません。どこまでの加工が対象になるのか、表示方法はどのような形式が求められるのかといった細部は、今後の発表を待つ必要があります。
実務的には、候補者の顔写真を背景合成しただけの簡単な画像加工と、AIに一から生成させた実写風の動画とでは、受け取られ方も規制の趣旨との関係も変わってくるはずです。ガイドラインが出るまでの間は、少なくとも「実写だと信じ込ませる意図の強い加工」は避け、生成AIを使ったことが分かる形で公開するくらいの慎重さを持っておくのが無難な対応と言えるでしょう。
SNS事業者に求められる対策
大規模なSNS事業者(プラットフォーム)には、偽情報の拡散対策を実施すること、そしてその対応状況を年1回公表することが義務付けられます。ここで誤解しやすいのは、これが投稿の削除義務そのものではないという点です。プラットフォーム側に「対策を講じて公表する」ことを求める規定であり、個別の投稿を必ず削除しなければならないという内容ではありません。
前述の通り、削除申出への対応(原則1週間以内の判断・通知)については2025年4月施行の情プラ法の先行部分で既に制度化されており、今回の改正はそれとは別に、偽情報対策の実施・公表という面を新たに加えるものです。年1回の公表がどの程度の詳しさで行われるのか、選挙に特化した集計になるのかといった運用面は、今後の実施状況を見ていく必要があります。
緩和策:一般有権者のメール投票依頼
規制強化の一方で、緩和される点もあります。これまで選挙期間中の電子メールによる投票依頼は候補者・政党に限定されていましたが、改正後は一般有権者もメールで投票を依頼できるようになります。SNSでの発信だけでなく、支援者間でのメールによる呼びかけも選択肢として広がる形です。
候補者側から見ると、支援者に対して「知人へのメールでの声かけも可能になった」という案内をしておくことで、SNSに偏りがちだった呼びかけの手段を少し広げられるとも言えます。とはいえ、メールでの投票依頼も選挙運動の一環であることに変わりはないため、送信時の名義や内容については従来の選挙運動と同様の注意が必要です。
施行スケジュールを整理する
時期の前後関係を混同しやすいので、表で整理しておきます。特に「2025年4月に施行された部分」と「2027年3月に施行される今回の改正」は別物である点に注意してください。
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 2024年11月 | 兵庫県知事選。SNS上のデマ・誹謗中傷、切り抜き動画拡散が社会問題化(法改正の直接的な契機) |
| 2025年4月 | 情プラ法の先行部分が施行。大規模事業者に削除申出への原則1週間以内の判断・通知義務が発生(今回の改正とは別の制度) |
| 2026年7月13日 | 改正公職選挙法・改正情プラ法が参院本会議で可決・成立 |
| 2026年夏 | 参院選(今回の改正は適用対象外) |
| 2027年3月1日 | 改正法の施行日 |
| 2027年春 | 統一地方選挙。今回の改正が初めて適用される選挙 |
2026年夏に実施される参院選には今回の改正は適用されません。施行前の選挙であるため、現行のルールがそのまま適用される点は押さえておいてください。逆に言えば、2027年春の統一地方選に立候補を予定している方は、施行日である3月1日から数週間〜数ヶ月というタイミングで新しいルールの下での選挙運動を迎えることになります。準備期間としては決して長くないため、早めに情報を追っておく必要があります。
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告示直前にSNSでデマを拡散された場合の対応
ここで少し具体的な場面を想定してみます。告示日の数日前、対立候補やその支持者と見られる匿名アカウントから、事実と異なる内容の投稿が拡散されてしまった、というケースです。兵庫県知事選のケースが示す通り、こうした投稿は候補者本人が把握する前に広く拡散してしまうことが少なくありません。
まず落ち着いて行うべきなのは、投稿のスクリーンショットや投稿者情報、拡散状況の記録です。感情的に反論を投稿する前に、事実関係を整理し、必要であれば選挙管理委員会や弁護士に相談する体制を作ることが優先されます。今回の改正で虚偽事項の公表罪・なりすまし罪のSNSへの適用が明確化されたとはいえ、実際の対応スピードを左右するのは陣営側の初動です。
SNS事業者への削除申出については、2025年4月から大規模事業者に原則1週間以内の判断・通知義務があるため、申出そのものは今回の改正前から可能です。あわせて、陣営の公式アカウントから事実に基づいた冷静な訂正情報を発信し、支援者にも拡散を控えるよう伝えるといった、平時からの体制づくりが結果的に被害を小さくします。SNS運用を外部に任せている陣営であれば、こうした緊急時の対応フローをあらかじめ決めておくことをおすすめします。
告示日直前という時期は、ただでさえ準備すべきことが多く、対応が後手に回りやすい時期でもあります。最低限、次のような役割分担だけでも事前に決めておくと、いざというときの初動が変わってきます。
- 誰が投稿内容を確認し、記録を残すか
- 誰が削除申出や事業者への連絡を行うか
- 誰が公式SNSでの訂正発信の文面を作成・承認するか
- 弁護士や選挙管理委員会への相談が必要かどうかを誰が判断するか
この4点だけでも決めておけば、告示直前のような慌ただしい時期に「誰も動けない」という状況を避けやすくなります。
2027年春の統一地方選までに準備しておきたいこと
2027年春の統一地方選に向けて立候補を予定している方であれば、今から準備できることがいくつかあります。まず、選挙運動で使用する画像・動画のうち、生成AIツールで作成・加工したものがあれば、どの範囲まで表示義務の対象になり得るかを意識しておくことです。線引きの詳細はまだ確定していませんが、実写と誤認されやすい加工は避けておくほうが無難でしょう。
特に、選挙事務所やデザイン会社にポスター・チラシ・SNS用画像の制作を外注している場合は、制作過程で生成AIをどこまで使っているかを候補者側が把握できていないケースもあり得ます。発注時点で「生成AIを使用した場合は必ず報告してほしい」と一言伝えておくだけでも、後々の確認漏れを防ぎやすくなります。
また、SNS運用担当者やボランティアに対して、虚偽事項の公表罪・なりすまし罪がSNS上の発信にも明確に及ぶことを周知しておくことも大切です。個人のアカウントでの発信であっても、選挙運動の一環と見なされる可能性がある以上、陣営全体で一定のルールを共有しておく必要があります。
総務省のガイドラインが公表された段階で、表示義務の具体的な運用方法などが明らかになると見られます。現時点では「詳細は未確定」という前提のもと、大枠の方向性だけを踏まえて準備を進めておくのが現実的な対応です。今からできる準備としては、次のような項目が挙げられます。
- 選挙運動で使用する画像・動画の作成過程を記録し、生成AIを使った箇所を後から説明できるようにしておく
- 公式SNSアカウントであることを分かりやすく明示し、なりすまし対策を講じておく
- ボランティア・スタッフに虚偽事項の公表罪・なりすまし罪がSNS発信にも及ぶことを周知しておく
- SNS上でデマが拡散した際の初動対応フローを事前に決めておく
- 総務省・選挙管理委員会からのガイドライン発表を定期的に確認する体制を作っておく
いずれも今回の改正がなくても本来望ましい対応ではありますが、法律上の位置づけが明確になったことで、後回しにしてよい理由が減ったとも言えます。特に地方選挙の場合、候補者本人がSNS運用のほとんどを一人で担っているケースも珍しくありません。告示直前になって慌てて体制を整えるのではなく、選挙の半年〜1年前程度から少しずつ準備を進めておくほうが、結果的に負担も小さくなります。
SNSとオフラインの選挙運動は両輪で考える
SNS上のルールが厳格になっていく一方で、選挙カーによる街頭からの発信や、駅前での挨拶運動といったオフラインの活動が不要になるわけではありません。むしろ、SNS上で誤情報が拡散しやすい状況だからこそ、有権者が候補者本人の声や表情を直接確認できる場面の価値は下がっていないとも言えます。
SNSでの発信内容と、選挙カーでのアナウンス内容に食い違いがあると、それ自体が「言っていることが違う」という不信感につながりかねません。SNS運用担当者と選挙カーのアナウンス原稿を作る担当者が、同じ情報をもとに動けているかを確認しておくことも、地味ですが効果のある対策のひとつです。
また、SNS上でデマや誤情報が広がってしまった場合、街頭で有権者に直接説明できる機会があることは、陣営にとって心強い材料になります。選挙カーでの遊説や街頭演説の予定を立てる際には、SNS上で話題になっている論点についても触れられるよう、当日の状況を踏まえて原稿を柔軟に調整できる体制にしておくと安心です。
選挙カーのレンタルを検討する段階から、SNS運用の担当者やアナウンス原稿の作成者を交えて打ち合わせをしておくと、告示後にバラバラな発信になってしまうリスクを減らせます。特に個人で立候補を準備している方の場合、こうした調整を後回しにしてしまいがちなので、早い段階から意識しておくとよいでしょう。
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まとめ
2026年7月に成立した改正公職選挙法・改正情プラ法は、2027年3月1日に施行され、同年春の統一地方選挙から適用されます。2026年夏の参院選には適用されません。有権者への責務規定の新設、候補者・陣営に対する既存罰則のSNSへの適用明確化、生成AI画像・動画の表示義務、SNS事業者への対策実施・公表義務が主な内容で、一般有権者によるメールでの投票依頼が新たに可能になる緩和策もあわせて成立しています。
一方で、生成AI表示義務の具体的な線引きなど、運用の細部は総務省のガイドライン待ちの部分が多く残っています。2027年春の統一地方選に向けて準備を進める候補者・陣営は、今後発表される総務省・選挙管理委員会の情報を継続的に確認しながら対応していく必要があります。
SNS上のルールが変わっていくとしても、有権者との信頼関係を築く基本は変わりません。デマや誹謗中傷への対応体制を整えておくと同時に、選挙カーや街頭演説といった対面の活動を通じて候補者本人の考えを直接伝えていくことも、これまでと同じように大切な選挙運動の一部です。法律の細部は今後も情報が更新されていく分野ですので、この記事もあくまで2026年7月時点の内容として参考にしていただければと思います。
※本記事は2026年7月時点で成立した内容に基づく一般的な情報です。具体的な運用・線引きは総務省・選挙管理委員会の発表を必ずご確認ください。
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